種子島家墓地について

公開日 2026年03月15日(Sun)

種子島家墓地

 3月14日(土)に,鉄砲館で「種子島家墓地調査報告会」がありました。

 種子島家墓地とは,「御坊(おぼう)墓地」と「御拝塔(おはーと)墓地」をまとめた言い方です。いずれも主に種子島家のお墓になります。この報告会は,再編交付金を使用して,(株)九州文化財研究所(熊本)によって,令和5~7年度にかけて行われた調査事業の報告です。

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 御坊墓地は,種子島家の祈願寺であった慈遠寺(明治初年に廃寺,跡地は現八坂神社)に隣接した墓地です。全18基です。初代から19代までの歴代島主や夫人・子のお墓です。江戸後期の「女殿様」松寿院により,被葬者が不明なお墓など,墓地の整備が行われました。また江戸後期から,葬礼の場や祈願の場所としての性格を帯びることとなりました。明治の廃仏毀釈(仏教廃絶運動)などで放置され,荒廃することになりましたが,前田豊山など種子島家の旧家臣が中心になって,墓地再興がなされました。

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 初代~4代までの合葬墓です。

 御拝塔墓地は,11代種子島時氏(室町時代)の代に設けられたとされています。全71基です。現在栖林神社の裏手,本源寺の隣にあります。

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 「女殿様」松寿院のお墓。

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 初代種子島信基のお墓。

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19代種子島久基(栖林神社に祀られている)のお墓。

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 中央は14代種子島時尭(鉄炮伝来の時の殿様)のお墓。

 まとめ。御坊墓地と御拝塔墓地の性格の違いがあるのではないか。種子島家墓地は先祖を再認識する場所で,旧主家への旧情を再認識し,島主と新たな関係を結ぶ媒介となる場所ではないかと考えられます。南北朝時代から500年余り種子島を治めた種子島家を知ることができる貴重な文化財です。